Uncategorized

2021/7/15 ジーザス・クライスト=スーパースター in コンサート

突然だが私はジーザス・クライスト=スーパースターが大好きだ。

2016年にLondon Regent’s ParkのOpen Air Theatre(野外劇場)でこの作品を見て夢中になり、その年のうちに(たしか)5回、そして翌年も一部キャストが変更となったものの同じ演出で行われたものをさらに(たしか)5回、合計10回見に行った。

その後、典型的なJCSといえばこれ、という感じの演出のものを大変広い会場でみたり、JCSのアリーナツアーのDVDを購入してみたり、CDを購入して繰り返し聞いたり・・・と、どはまりした。

我ながら好きになったものに対してのめり込む姿勢が尋常じゃない。

そんな私のJCS愛を知っている友人が”ジーザス、やるらしいよ”と情報をくれた。

このコロナ禍であっても海外メンバーを含めて公演されるということで、チケット代は少々高い…と思ったものの見に行くことにした。

公演概要

2021/7/15 ジーザス・クライスト=スーパースター in コンサート

18:30開演 @東急シアターオーブ

[キャスト]
Michael K.Lee
as Jesus Christ
Ramin Karimloo as Judas Iscariot
Celinde Schoenmaker as Mary Magdalene
Masaaki Fujioka(藤岡正明) as Kind Herod
Hironobu Miyahara(宮原浩暢) as Caiaphas
Telly Leung as Peter
Robert Marien as Pontius Pilate
Hayato Kakizawa(柿澤勇人) as Simon Zealotes
Aaron Walpole as Annas

[アンサンブル]
福田えり、湊陽奈、則松亜海、鈴木さあや、髙橋莉瑚
ジャラン・ミューズ、大音智海、大塚たかし、仙名立宗、染谷洸太

[演出・振付]
MARK STUART

[音楽監督]
八幡茂

[舞台美術]
岩本三玲

[指揮]
大釜宏之

『キャッツ』、『オペラ座の怪人』で知られる天才音楽家アンドリュー・ロイド=ウェバーと、『アラジン』、『美女と野獣』等と手掛けた作詞家ティム・ライスが、20代前半でタッグを組み生み出した『ジーザス・クライスト=スーパースター』。2019年に全幕を英語歌唱によるコンサート版としてお贈りした公演が待望の再演決定!

イエス・キリストが十字架にかけられるまでの最期の7日間を描いたセンセーショナルなロック・ミュージカルが、豪華キャストを迎え、さらにパワーアップして帰って来る!

https://theatre-orb.com/lineup/21_jcs/top.html

ミュージカル要素も多く盛り込まれた “in コンサート”

舞台装置・衣装・演出全般

舞台装置は工事現場や舞台裏に組まれているような金属の足場が舞台全面に組まれている。

ベタ、2階、3階という3階建て編成。

オケはその舞台装置内の上下に立体的に配置され、指揮者は中央からやや上手よりの2.5階部分当たりに位置している。

冒頭のイントロダクションにて各キャストが各々の”定位置”と思われる場所に姿を現す。

群衆の人々はそれぞれレザーっぽい(?)ロック調の各々の衣装。

ジーザスは白Tシャツにスカーフ、ユダは黒Tシャツ。

ジーザスのスカーフに違和感を覚えたものの、後半に重要な小物として使用されたため「なるほど」と思えた。

全般的に「超目新しい」という部分はないが、群衆(アンサンブル)が少人数でもそれぞれパワーを持って演じているのが好印象。

全体的に舞台を横にも縦にも大きく使っていて、「コンサート」とは言っているものの、舞台転換や派手な演出のないミュージカルを見ているような気持ちであった。

「そういえば、ミュージカルではなくコンサートだったんだ」と我に返ってしまったのはヘロデ王のシーンおよび最後のジーザスの39回のむち打ちからのSuperstar~Crucifixionくらい。それ以外はミュージカルを見ているような気持ちで見る事ができた。

ユダ役のラミン・カリムルー

なによりも、よかったのはユダ役のラミン・カリムルー。最高。優勝。

作品的にも歌はユダによって始まるし、最後に派手に盛り上がるのはユダによるSupaerstarの部分なので美味しい役どころなので目立って見えるのは当たり前だとしても、とにかくユダがよかった

人間としてジーザスを心配している心、心配のあまりにジーザスに苦言を呈してしまうところ。

今回の演出で印象的だったのは、最後の晩餐の時にジーザスから「待っている人たちのところへ行け」と言われた後に、ジーザスからスカーフが手渡されているシーン。

あのシーンによって、ジーザスはユダを信頼しており「父なる神が決めた役割を果たすこと」をユダに託していることと、ユダはジーザスがこれから起きる事をすべて受け入れる覚悟であることがかなり明確に表現されていたと思う。

この記事を書いているのが作品を見てから2週間程度経過してしまっていて、正直なところラミン・カリムルーが最高だったという想い出が大半になりつつあるのだが、そんな脳裏に残っているラミン・カリムルーがよかったポイントはジーザスへの心配の表現で、それが歌にものっているように感じた。

ちょっと残念だったポイント

音響がいまいちパキっとしていないように聞こえた。

個人的な好みでいえばオケの音量はもう少し弱く、歌・声がもっと浮き立って聞こえるようなバランスのほうが好きだ。

曲と曲との印象の差が大きいはずのところでも”次の曲”に切り替わった感じが薄く感じた。

曲間のつなぎだけでなく、例えばカヤパとアンナスが交互に歌うところはカヤパがとても低い声で歌ったところに対して、アンナスが高いテノール声で歌い始めるというギャップが面白いのだが、その声の切り替わりにオケがついてきていないのか、音響的にパキっと聞こえないせいなのか、その面白さがいまいち感じられなかったのは残念だった。

上記は一例でそこここの曲つなぎや曲想チェンジのたびに、少しだけモヤモヤしていた。

せっかくの機会だからと奮発して13000円するS席(2階中央ブロック2列目)を購入したので、座席のせいでおかしく聞こえているという可能性は排除して考えたい。

マイク・スピーカーを利用している公演で1階と2階でそれほど音響が違うというのであれば、やはり音響設定の問題であるといっていいと考えている。

ただ、これが会場の制約なのか、テクノロジーで解決できる問題なのか、そもそも私の趣味が特殊でこのようなバランス・音響のほうが好ましいと思う事が主流なのかはわからない。

今日の一言

あまりにラミン・カリムルーが素晴らしかったので、カーテンコールではラミン・カリムルーがお辞儀するタイミングで勢いよくスタンディングオベーションを送った。

マリア役のセリンダさんはロンドンでオペラ座の怪人を見た時にクリスティーン役をやっていた方だという事を帰宅後に確認。クリスティーンもよかったが、マリアもよかった。あんなに優しくされたらそりゃジーザスも甘えたくなるわ。

この記事では触れていないが、キャストの皆さん、アンサンブルの皆さんもそれぞれ素晴らしかった。

英語でのミュージカル作品歌唱に慣れていない方もいたのかもしれないが、概ね気になることはなく、皆さん素晴らしいなと思った。

あの人数であのクラスターやハーモニーをマイクにのせてしっかり成立させる事ができる、しっかりとした実力を兼ね備えた方ばかりなのだなと思えた。